ハンセン病家族訴訟弁護団

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2017年7月3日(月)

 

午後2時から、熊本地方裁判所101号法廷で、裁判が行われます。

 

2017年5月26日(金)

 

1 門前集会と入廷行動             
 同日午後1時、熊本地裁の門前で、原告、弁護士、支援者等今回も沢山の方々が集まり、報道陣が詰め寄せる中で、門前集会が開かれました。
 門前集会では、原告団代表・林さん、弁護団協同代表・德田弁護士、原告、熊本県労連・梅本さんがそれぞれ裁判への想いを述べ、「国の主張を粉砕する。最後まで闘い抜く。」という熱い決意で結束しました(写真右上は門前集会で挨拶する上野正子さん、下は入廷行動)。               

2 第4回口頭弁論期日
 第4回期日も前回と同様101号法廷で開かれました。傍聴券を求めて多数の人が並び、法廷は満席となりました。
 期日では、まず、小林弁護士より、国の責任を法的に整理した第5準備書面の意見陳述が行われました。国がハンセン病患者の命を取るに足らないものとして無らい県運動を推進してきたことや、山梨県北巨摩郡の一家心中事件という凄惨な事件を例に挙げ、隔離政策の本質も明らかにしました。
 引き続き、金丸弁護士より、第6準備書面の意見陳述が行われ、家族の被害の本質や被害の共通性の説明がありました。隔離政策によって、家族らは、「偏見差別を受ける地位」「家族関係の形成を妨げられる地位」に置かれ続け、「社会内で平穏に生活する権利」という共通の権利を侵害されていることを明らかにしました。
 国からは、平成13年熊本判決が前提とした事実を一部争う内容の第2準備書面が提出されました。これに対して、德田弁護士が法廷で釈明を求めましたが、国からは即時に明確な回答はなく、後日弁護団から釈明内容を書面で提出することになりました。 
 また、今回の期日では、裁判官が、国の責任・家族の被害に関する原告の主張を要約して確認するという場面がありました。
3 記者会見
 期日後、弁護士会館で記者会見が行われました。小林弁護士、金丸弁護士がそれぞれ準備書面の内容を説明しました。その後、德田弁護士より、本日の裁判は主張整理の山場の1つであったこと、油断はできないが、責任論、損害論に関する原告の主張を裁判官が理解してきていると感じたことなどの話がありました。
4 報告集会&懇親会
 アークホテルの報告集会にも多数の原告や支援者が参加しました。弁護団からの説明を受け、様々な立場の方が、想いを語りました。
 ある参加者が「“自分の親はハンセン病だ。何か文句あるか”と堂々と話せる人が出てきてくれればこの裁判をした意義がある」と話されていたことが大変印象的でした。
 続いて別会場にて懇親会が行われ、80名を超える方が集い、それぞれが語り合い、黄光男さんや宮里新一さんによる家族被害を歌った弾き語りに耳をすますなど、大いに懇親を深めました。
熊本日日新聞 毎日新聞

 

2017年3月3日(金)

 

門前集会と入廷行動

 

午後1時、熊本地裁前で開かれた門前集会には、原告、支援者、報道陣等、今回も多くの人々が参加しました。冒頭、八尋弁護士が裁判の進行具合について説明した後、菊池恵楓園の志村さんより「私たちの勝訴判決を反故にする国の言い分は絶対容認できない。声を上げた原告の皆さんの
勇気に大変感銘している。一生懸命応援します。」と、熱のこもったエールをいただきました。また、
原告団長である林力さんからも、「正義は勝つ。最後まで戦い抜いていきたい。」と、力強く決意を語
ってもらいました。


第3回口頭弁論期日


第3回口頭弁論期日も、101号法廷で開かれました。傍聴券を求めて沢山の申し込みがあり、法
廷は満席となりました。
期日では、まず、原告の黄さんが意見陳述を行いました。「被害を語るというのは、本当に難しいこ
とだと実感しています。一方で、陳述書に語ることができた内容は、一人ひとりの原告が、身を裂かれるような思いで語っているものです。長い間、自分の胸の内だけに秘めてきた辛い体験や事実は、そんなに簡単に語れるものではありません。」と涙ながらに訴え、法廷はすすり泣く声で溢れました。
続いて林弁護士より第4準備書面の要旨の陳述が行われ、隔離政策が家族にもたらした様々な被
害の説明がありました。家族に親の病歴を秘したまま提訴に踏み切った原告が、提訴をきっかけに離婚に至ってしまったという衝撃的な事実も明らかにされ、深刻な偏見差別が今なお続いていることを明らかにしました。
最後に、徳田弁護士からも「国の主張がいかに歴史的な事実を歪めた背信的なものであるか」につ
いて、怒りをこめた意見陳述が行われ、法廷は水をうったように静まり返りました。

次回は5月26日(金)午後2時から、次々回は7月3日(月)午後2時から、と指定されました。

 

記者会見と報告集会

 

期日後、弁護士会館にて行われた記者会見にも、沢山の報道陣が詰めかけました。記者の質問に対し黄さんが「文章をつくるときは自分も弁護士も泣いた。自分の一番つらいことを裁判官に伝えないとこの問題について伝わらない。」と答えたのが大変印象的でした。
さらに徳田弁護士は、この裁判に加わったことで離婚された原告さんについて「重く受け止めざるを
えない。そういう事実が起きているのに何が時効だという思い。今日の雰囲気をみていると時効論には決着ついたのではないか。」と答えました。
また、ホテル日航熊本で行われた報告集会にも100人余りの方にお集まりいただきました。法廷に
入りきれなかった方に対し、期日の報告をしたほか、多くの意見や質問が飛びかう活気溢れる報告集会となりました。

懇親会


最後に、ホテル日航熊本で開催された懇親会にも、80人近い方々にお集まりいただき、懇親を深
めました。

 

毎日新聞 熊本日日新聞その1 その2 山陽新聞

 

2016年12月26日(月)

 

門前集会と入廷行動(午後1時~)


熊本地裁の門前で、原告、弁護士、支援者など合わせて60名以上が集まり、多くの報道陣が詰め寄せる中で、門前集会が開かれました。
門前集会では、原告団代表・林さん、副代表・黄さん、弁護団共同代表・徳田弁護士、支援者・熊本県労連・梅本さんがそれぞれ決意を述べ、その後、入廷行動を行いました。

 

第2回口頭弁論期日(午後2時~)


期日は、前回同様、101号法廷で開かれました。傍聴席は、一般傍聴101名の申込があり、抽選の結果35名が傍聴券を獲得し、特別傍聴席25名、報道席12名を合わせて72席が満席となりました。法廷の柵内も原告14名、原告代理人41名、被告代理人8名と、満員状態でした。
期日が始まり、109号事件(2月提訴の1陣59名分)について、被告から反論を記載した第1準備書面、原告から家族に対する国の責任を明らかにする第2準備書面が陳述され、231号事件(3月提訴の2陣509名分)について、訴状、答弁書が陳述されました。
引き続き、原告の奥平さんと奥さんから意見陳述が行われ、国の過った政策がいかに家族を苦しめたか、被害を国に認めさせ、今なお残る差別偏見をなくしていきたいとの思いが語られました。また、神谷弁護士から第2準備書面要旨と家族被害に向き合うことの重要性等が語られました。
続けて、徳田弁護士が、前回の釈明事項に関して、隔離政策が遅くとも昭和35年以降は憲法違反であったとする平成13年判決を、被告がこの裁判で争うのか否かを釈明しましたが、被告は、この場での回答を拒否し、次回までの間に回答することとなりました。
この期日の中で、意見陳述を裁判官や被告国の代理人が真剣な面持ちで聴き入る様子が見られた一方で、徳田弁護士の求釈明に対して、即答できない等とする被告代理人の対応について、徳田弁護士から、原告ひとりひとりがどのような思いでこの訴訟に参加しているのか、国の代理人にもっと思いを馳せて欲しい、との怒りを込めた抗議がなされる場面もありました。

 

記者会見(4時~)


期日後、KKRホテル熊本で記者会見が行われました。壇上には、意見陳述をした奥平さん、神谷弁護士、原告団代表、副代表、弁護団共同代表の徳田・八尋両弁護士が上がり、奥平さんが意見陳述をした思いを述べ、神谷弁護士が原告・被告双方の主張について、八尋弁護士が法廷での遣り取りや訴訟救助等の進行について、それぞれ説明しました。

 

報告会&懇親会(16時半~)


記者会見後、引き続き同所で、期日報告会が開催され、前回と同様、様々な立場の方が、ハンセン病問題やこの訴訟に対する思いを語りました。
その中で、患者・家族の受けた被害を知った一人一人が、それを受け止めてどう生きるかが問われている、署名活動・カンパなど、支援の具体的な活動を検討すべき時期に来ている、との考えが示されました。
その後は同ホテルの別会場にて、懇親会を行い、大いに懇親を深めました。

 

(報道)

熊本日日新聞 毎日新聞

 

2016年10月14日(金)

 

午後2時から 熊本地方裁判所101号法廷にて、裁判が行われました。

この日は、第1次訴訟の第1回口頭弁論です。原告らは、同事件の訴状及び第1準備書面を陳述しました。国は答弁書を陳述しました。

法廷では、原告の林力さん、原田信子さんが、それぞれ意見陳述をしました。林さんは、入所した父の存在を隠すことを余儀なくされた体験を語り、多くの家族に回復者の存在を隠すことを強いた隔離政策の誤りが裁判で正されるべきと訴えました。原田さんは、父が収容され、残された母とともに、周囲の偏見や差別を受け続け、母が何度も死のうと言っていたことにふれ、こうした苦しい思いを抱えて黙ったまま死にたくないと述べ、裁判に立ち上がった思いを語りました。

また、弁護団から、徳田靖之弁護団共同代表と、栗田圭弁護士が意見陳述をしました。徳田弁護士は、遺族訴訟において国が家族を「加害者」であるかのように主張して頑迷に和解を拒否してきたことや、いまだ家族に対する責任を認めず謝罪していない経緯にふれ、提訴が遅れた弁護団の対応を自己批判しつつ、家族が「れんげ草の会」を結成して、自らの被害を語る中で家族との絆を回復しながら、本件提訴を決意したことを紹介し、裁判では、原告らの被害が徹底して語られることにより、国の家族に対する加害責任が問われるべきであると述べ、裁判の意義と今後の進行の方針を明らかにしました。栗田弁護士は、無らい県運動を通じて、国・自治体が、ハンセン病患者に対する差別偏見を生み出し、助長してきたことは歴史的に明らかであると述べました。

その後、今後の進行について協議しました。原告らは、国が答弁書の中で、隔離政策がハンセン病患者に対する加害行為であるとの熊本地裁判決を認めながら、その被害が家族に及んだわけではないと否認していることについて、なぜそのような区別をするのか等につき釈明を求めました。これらに対する回答を含め、次回までに、国側で原告らの主張に対する反論をすることになりました。

その後、午後6時から くまもと県民交流館パレアにて、裁判報告集会が行われ、100名が参加しました。原告らからは、やっと自分たちの裁判が始まったことへの感慨が語られるとともに、被害を裁判所で訴えることによってしか、国の責任を認めさせることはできないとの裁判への決意が表明されました。また、退所者・入所者の元原告らや支援者から、激励のメッセージが寄せられました。最後に徳田弁護士から、参加してよかったといえる楽しい裁判にして、勝利を迎えようとの訴えがなされました。

裁判は、次回が12月26日午後2時、次々回が3月3日午後2時からと指定されました。

 

(報道)

熊本県民テレビ NHK熊本  テレビ熊本 毎日新聞 共同通信  山陽新聞 熊本日日新聞その1 その2 毎日新聞(熊本版) 読売新聞